【劇場】又吉 直樹

劇場

抜き書き

その中でも、月と猿の絵がひときわ強烈な印象を放っていた。

逃げ場を失くした猿が吠えているようにも、頼りない僕を鼓舞しているようにも見えた。

永田は、「猿」が自分のように追い詰められて叫んでいるようにも、

また、そんな自分を鼓舞しているように見えた。

隣で見ていた沙希も、

その時は東京に挫折しかけていたから、

永田と同じように見えていたのかもしれない。

「月」は永田にとっての沙希で、沙希にとっての永田だ。

同じ世界の中に、両者は無くてはならないものとして存在しているが、

猿は月に手が届くことはない。

同時に同じ絵を見ている冒頭で、

この二人の未来を暗示しているようにも読める。

沙希が何枚も衣装を仕上げるあいだに僕は猿のお面を何時間も掛けて作る。

二人で話しながら徹夜で作業をする時間が好きだった。

永田の支離滅裂な言動に惑わされるが、

再読してみると、永田が沙希のことが好きなんだとわかる文章がいくつかある。

その瞬間、本人は気づいていなかったのかもしれない。

沙希が好きだということ、そして一緒の時間がとても幸せだということに。

でもね、変わったらもっと嫌だよ。

(中略)勝手に年とって焦って変わったのはわたしの方だからさ。

永田は演劇をさらに突き詰める方向へ歩み始める。

一方、沙希は永田が俗世の方向へ変わるように望んでしまった。

どうしようもない矛盾に逃げ場がなくなってしまった。

普通なら演劇をやめて、就職して一緒になるかもしれない。

でも、普通のヤツならそもそも演劇の世界に生きないのか。

まとめ

初めて読んだときは、永田の支離滅裂さに閉口し、

なんでこんな言葉を吐くのか、行動をするのかに気を取られたが、

再読すると、それに慣れたのか、少し冷静に読めた。

思ったより、二人は幸せな時間を過ごしていたということと、

その関係が徐々に崩れていく様子。

特に、ラストの永田の長いセリフには泣いた。

人間そんな綺麗な人生ばかりじゃない。

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