抜き書き
真樹さんは何も言わず、リモコンでチャンネルを変え、「〆は雑炊か乾麺どっちにする?」と明るい声で言った。
神谷さんは、豆腐を口に頬張りながら「鬼まんま」と言った。
由貴さんはとても太っていた。ふっくらという言葉では到底追いつかない、大きな体格だった。
(中略)そして、この人も誰かのようによく笑った。白い壁に響く女性の笑い声が自然と、いつかの真樹さんの笑い声と重なった。
「地獄、地獄、地獄、地獄、地獄、地獄、地獄、地獄、地獄、地獄、地獄」
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
無駄なことを排除するということは、危険を回避するということだ。
臆病でも、勘違いでも、救いようのない馬鹿でもいい、リスクだらけの舞台に立ち、常識を覆すことに全力で挑める者だけが漫才師になれるのだ。
それがわかっただけでもよかった。
この長い月日をかけた無謀な挑戦によって、僕は自分の人生を得たのだと思う。
僕にとっては相方も、神谷さんも、家族も、後輩もそうだった。真樹さんだってそうだ。かつて自分と関わった全ての人達が僕を漫才師にしてくれたのだと思う。
「絶対に全員必要やってん」
神谷さんは小指でグラスの氷を掻き混ぜていた。
神谷さんの頭上には泰然と三日月がある。
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